マネレとは、ルーマニアの音楽でルーマニアでは若者から年寄りまで幅広く人気がある音楽です。
歌の詩は、ほとんどが愛を歌った内容の歌で、そのメロディーは独特で、うまく表現できませんが、なんかアラビアンちっくと言うか、とにかくラテンっていう感じです。???
「そんな説明じゃ、分からね~よ!」
まぁ~知らない人は、是非一度、聴いてみてください。
新しい自分に出会えると思いますよ~。
私のお勧めの歌手は 「アドリアン・デビット」に「グッツア」がお勧めです。
ロムンカとデートをするならこれは、必需品ですよぉ~。
それとルーマニアでは、ほとんどの人がこの「マネレ」を聴いて踊っています。
* マネレのアドバイスがほしい方は、メールください。
しかしある日を境にまじめになりました。神奈川のあるお店で、本当に好きな子に出会いました。
その彼女はウクライナ人で、誰が見ても綺麗でモデル張りのスタイルです。
最初は、どうせすぐに厭きてしまいすぐ別れると思っていました。しかしどうやら彼は本気らしくその後、人が変わったようでした。暇さえあればウクライナ語を勉強し、デートはキスだけ、うっ嘘~って言うぐらい変わりました。
それから2ヶ月が経ち、彼からのお願い事が・・・・
「彼女が帰る前に、彼女と特別な思い出になるデートがしたい!」との事。
そんな様な気はしていました。そして、相談に乗ることにして、あるデートのスケジュールを考えました。
彼は、彼女が帰ったその後も、まじめに生活していました。特に、美容院の事を勉強し、熱心にレポートまで書いていました。 関心・関心。
時に、人間は気持ちの持ちようで、こんなにも変化するのですね!
今回の日本滞在は、彼にとっては、今までにない体験になったようです。それから2週間後彼もルーマニアに帰っていきました。いつも彼が帰ると複雑な気分です。ホットすると言うか、何か物足りないと言うか、いつも気にしていた奴が居なくなるということは、自分の中の何かが、取れたみたいです。何か張り合いがなくなったようです。
そんな時は、自分への休養だと思う様になりました。
ミレラです。その友達の子、から電話があり、日本にきているようです。どこに居るのか聞くと、なんと青森の八戸だそうです。
さすがに八戸はと思いましたが、行きました。冬だったので新幹線で行きました。
ですが、八戸に着くと吹雪でした。私は何でこんなところにいるのだろう?
「また会える?」「連絡するね!」と何度も何度も、言っていました。
その後彼女から何度も電話があり、だんだんエスカレートして彼女が「テユべスク」という様になって来ました。
危険です。
何があっても彼女とは、付き合えません。色々としがらみが多く、事件になります。
こういうことです!
それと、この場をお借りして「T」サン、いつもいろいろとお世話になります。
これからもよろしくお願いします。
3時ごろから会い、昔話に花が咲きます。いろいろ話をしていると、海の幸でも食べに行こうということになり、千葉の海まで行くことにしました。大量に海の幸を食べ、ルーマニアの話にもなりました。
そして千葉のとあるお店に行きました(ルーマニア15人)10時ごろから閉店まで飲み、その後、食事をする約束になり、1時間後再び合流しました。
そして町外れのレストランに行くことになり、車を走らせました。
その国のファッションは、やっぱりヨーロッパ系。中でもイタリア系のファッションが多く見られます。
【ここでお得な情報を】
出稼ぎの中には、服の卸を営んでいる人もいて、イタリアだのアメリカだのから、大量に格安で買い込んできては、お店に卸したり、そのまま売ったりしています。こういった人は、どの町にも何人かいて、友達の友達だったりして、結構重宝されています。仲良くなると、破格の値段で譲ってくれます。私はいつも決まった人が何人かいて、その人の家に行き、そこで買うようにしています。当然破格の値段です。
たとえば・・・・
Gパン(アルマーニ)3本
シャツ(ベルサーチ)3枚
=100ユーロだったこともあります。(ちゃんと買ったら10万円ぐらい?)
その他なんでもあります。靴、ベルト、スーツにネクタイにYシャツ、帽子、バックに小物もあります。
ルーマニアに行ったときはお勧めです。友達に聞いてみてください必ず1人は見つかるはずです。(時期により多少、当たり、はずれが、ある時も・・・ねらい目はその人が帰ってきてから、1週間以内がベスト!)
と言う相談が私の周りには多くなりました。中には彼女に会いにルーマニアまで行く人までいます。5年前と比べると、本当に考えられない事です。
当時ルーマニアは、ルー 、 マニア・・・・マニアの世界ってぐらい、ルーマニア人口は少なく誰にも話は出来ないものでした。ですが現在私の周りだけでも、5組のカップルがいますし、その他これから・・・・と言う人達も2,3組はいます。
私自身もそうですが、話を聞いていると、みんな共通するものがあります。
それは、「日本人と違うよね!」とか「すごく綺麗だよね!」とかこの辺は誰でも共通しています。後は、各自個性的な話が多く、まともに聞いていると、体が痒くなる様な話が多く、その人なりの幸せが伝わってきます。
ルーマニア人との生活は、人によって多少異なりますが、基本的に毎日キスをして、「愛してるよ!」と、1日5回や10回は言います。
純粋な日本人からすると、「お前らよっ!」と言いたくなる様な感じです。
ですが、なれるといいものです。人間本当の自分を出せば、こうなるのでは、ないでしょうか?
日本では、恋の相談話に、全身全霊、覚悟を決めてなど、恥ずかしくてあまり口にしない人が多いと思いまが、ルーマニアは違います。「あの人達より、もっと愛し合いたい!」みたいな感じです。ヨーロッパで一番ロマンチックな国「NO1」になったこともあるぐらい、ルーマニアでは愛し合う事が、人生そのものなのです。
結婚するときは、キチンと調べた上で、行動してください。
もし、不安な人はメールをください!対応いたします。
又、これからの人達も、がんばってくださいね!
今回は、日本で出会った子達にも、たくさん会う予定です。
会う彼女たちには、「会いに行ったらパーティをしよう。その準備を任せたよ!」と、約束してあります。
行き先は、ブカレスト・ブザウ・オルテ二ッア・バカウ・ヤシ・ブラショフ・ブルチャなどです。
当然ナビゲーターは彼です。
成田・パリ・オトペにルートでいきます。
パリでの苦痛なトランジットに耐え、ようやくオトペニに着きました。彼との再会です・・・
彼のタタとママにも再会。この日はここに泊まり、その晩彼の日本での事をいろいろ聞かれ、その話で盛り上がりました。
翌日の深夜からピテシュティを発ち、まずは「ヤシ」に向かいました。移動時間8時間の道のりです。途中、ヤシの子に「今向かってるよ!」とTELをいれておきました。そして、ようやくヤシに到着。途中まで迎えに来てもらい、彼女たちと再会しました。
建物自体は築40年以上経っているものが多く(地震がないから大丈夫と、よく言っています?)外見は日本人からするとありえないほど、ぼろぼろな状態になっています。エレベーターなどもそれなりに老朽化していて(大抵のものはうち扉と外扉がついています)乗ると常にガタガタと音を立てて動くので不安になります。
ただ、中の部屋は違います。外見からは想像が出来ないほど綺麗です。個性豊かな部屋が多く、それなりにお金も掛けています。
まず玄関のドアがみんな違います。木枠のドアや金属のドアなど、デザインも様々です。
部屋に入ると、これまた色々あります。システムキッチンだのジャグジーバスだのシャンデリアだの豪華な家はきりがありません。テレビも薄型、家具、ソファーは、イタリア製だったりします。
でも実にアンバランスです。
それと、生活するためには必要な、ガス、水道、電気ですが、ガス電気は問題ありません。(年々高くなってきていますが)しかし、水道は時間により、出ない事がよくあります。
時間にすると夜12時過ぎは危険です。出てもチョロチョロです。
次に一軒家ですが、これも様々です。日本と違って建売などはありません。
ですから、個性豊かな家が多いです。
しかし、これにも矛盾している事がたくさんあります。
日本に居るときはそれなりにストレスもあり異国での生活で、そのストレスも溜まります。元気な事は元気なのですが、全開ではありません。
当然のことながら、ルーマニアに帰ってくるとみんな「よく来たね!待ってたぜ!」状態で乗りも違います。人間誰でもストレスから解放されればこうなります。
みなさんお待たせしました。装いも新たに新ブログを立ち上げましたのでどうぞご覧ください。